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All that be for Haruhi. @千極一夜 |
- The blog site of only an Sengoku Musou2 (Samurai Warriors 2). By Haruhi -
わたしが司馬遼太郎の『関ヶ原』を好きになれない理由
逢って間もない女と肉体関係を簡単に持ったこともそうだけど、書いた人間が古いからか、人間描写があまりにもなさ過ぎる
上巻の半分も読まない内に、嫌気が差した
これは官能小説か?
男が読めばなるほど、面白いだろう
男ではないわたしが読んだら、不愉快な部分がありすぎる
大枚はたいて買ったけど、読みたくないこの小説をどうしようか悩んでいる
わたしが司馬遼太郎の『関ヶ原』を嫌いな理由
この作者は、石田三成を一人の男として描きたかったのだろう
当たり前の、脂の乗った年齢の男として書きたかったのだろう
だけど、どうしても許せない部分があった
作中石田三成は、女を抱きながらこんな言葉を吐いた
「俺を好きで居てくれるのは左近とお前だけだ」
許せない。と、思った
史実の三成さんなら、こんなこと、絶対言わないと、自分勝手にだけどそう思った
左近ファンなら、嬉しい言葉だろう
だけどわたしは、大谷大好きだ
損得なしで三成さんと付き合っていた大谷が大好きだ
命運を共にした仲間、家臣達の存在を忘れたかのような、この暴言
関ヶ原で命を落とした大勢の人達に対し、こんな失礼な言葉はないと思った
好きじゃなかったら、大谷は不利とわかっていながら最前線に立っただろうか
六条河原で首を落とされた三成さんの、後を追った小姓を知っているだろうか
別れ際、涙を流した家臣達は
三成さんの盾になった人達は
みんな、三成さんが大好きだったんだよ・・・・・・・・・・
兼続を題材にした小説・天地人
書店に並んでいた
少しだけめくってみた
当たり前のように、ここでも清正・正則コンビが悪役として登場していた
正則は知らない
だけど、もうそろそろ、清正を悪役にするのはやめたらどうだろう
清正は三成さんに対して、刀を向けたわけじゃない
確かに九州で、三成さんに味方した立花宗茂と小西の城を落としたかも知れない
でも、三成さんに対して刃を向けたわけじゃない
三成さんを悪く言っていたのも、ただの通説じゃないのか?
それまでは悪者だった三成さんがクローズアップされ、それまでは英雄扱いされていた清正が、今度は悪者になってしまっている
嘗てのわたしもそうだった
清正が嫌いだった時期もあった
だけど、そう言うの、なんて言うか、不毛・・・って言うか
『善』があれば『悪』がある
鏡の前に物を置いたら同じものが写るように、『善』の向こうには『悪』がある
徳川政権時代は、三成さんが悪だった
明治が終わり、昭和に入る頃には三成さんは、一部の人間の間では『善』になった
そして、平成の世、三成さんと対立していた清正が『悪』になった
人間は同じことを繰り返す
同じことを繰り返しながら、何も学ばない
愚かで野蛮な生き物だと思う
三成さんも、そんな人間の一人なのだと思う
ただ、他の人間よりも少しだけ、生き方が綺麗なだけだったんだと思う
それでも三成さんファンはやめないけれど、少しだけ、三成さんと対立していた人間を好きにはなりたいと思ってる
直政が好きになった
本当はいいやつだったんじゃないかと、思えるようになった
清正が少しだけ気になるようになった
本当はそれほど三成さんと仲が悪くなかったんじゃないかと、思えるようになった
みんな歴史の人達だから
だから、自分勝手に想像してみる
みんなそれぞれ心の中に、自分なりの正義があったんだと
8月の終わりに出掛けた、三成さんの生家跡地
帰りに彦根に寄ってみた
到着した頃にはもう、6時を回っていた
空が暗かった

駅前にある直政の銅像も、まともには撮れなかった
どうしても、『いしだみつにゃん』の何かしらのグッズが欲しくて
土産物で売ってるだろうと高を括ったが、ひこにゃんしか手に入れることができなかった
駅前のロータリーにある直政像
その周りを囲むように、幟が犇いて立っていた

ここのところの三成さん人気の所為だろうか
三成さんの『佐和山城』が復元されるイベントのようで、9月に入ったら是非とも行ってみようと思っていた
9月某日
晴れ

何となく、駅前の直政に「ただいま」の一言
多分もう、来ることはないだろうが(汗
前回は時間が間に合わず店が閉まってしまい、買えなかったみつにゃんグッズを先に買おうと、駅前の観光案内所で詳しく聞いた店に直行
その店がある商店街で、こんな立て札を発見

三成さんのことを書いてるのに、立てた集まりが『彦根左近の会』て・・・
ここでは左近が主人公のようで、三成さんは呼び捨てで書かれてました
実際左近がやった仕事って?
三成さんの子守?
左近を未だよくわからないわたしには、なんで家臣が主君の上に来るんだ。と言う憤慨しか持てず(汗
短い間だったけど、この辺りのお殿様だったんだから、せめて『三成公』って書いたらどうなんだ
と、ちょっとだけ立腹
みつにゃんグッズを売っているお店で、意外なものを発見

兼続の、『愛』の前立て(紙製レプリカ)
それと、お店のご主人のご厚意で組み立ててもらった、実際の左近の鎧兜(紙製レプリカ)

手が震えて、何度やっても手ブレが・・・

こちらは商店街とは違う、キャッスルロードにある四番街スクエアのグッズショップの前に並んでいた『さこにゃん』と『みつにゃん』
殿と左近は二人で一つの存在のようで
わたしとしてはもうそろそろ、殿&大谷&小西の『義兄弟』(三国志みたいな?)トリプルが見たい・・
彦根城にあるキャッスルロードは、江戸時代の風景を再現した町並みにしているそうだ

つってもあたし、江戸時代を知らないからなんとも言えない・・・
上の写真は『両替商』=『銀行』

キャッスルロードの入り口付近はこんな感じ

にぎわっている店の前
やっぱり人工的な町だから、情緒って言うか、感動が薄い
無理矢理な感じがするし、それほど綺麗な町並みには感じない、なんとなく『当たり前』な風景に感じたのが残念
キャッスルロードから彦根駅前に戻り、佐和山一夜城のイベント地へ行くため、観光案内所の人が教えてくれたレトロバスの乗り場へ
ボランティアらしいおばさんが、短いながらもガイドをしながら走る町並みを紹介してくれた
浅井の家臣達が長政の父親を幽閉したと言う、竹生島も見えました
近江(滋賀)は良いなぁ
わたしが好きなものがたくさんある
お茶に、お米
三成さんに、長政に、直政
いつか住んでみたいなぁと言う気持ちが、どんどん積もる
やがてバスは佐和山に到着
井伊家の菩提寺は参拝できないので、他の神社に
直政の出身である井伊谷の龍潭寺にちなんだお寺で、こんなものを発見

なんで井伊の社寺で三成さんに関連するものが見られるのか、わからない
でもなんとなく、理解できるような気がした
これは、三成さんを初め関ヶ原で散った武将達、それから、家康が壊した石田家先祖代々の墓に眠っていた魂を祀るために建てられたのかな?
それとも、最近のものだろうか
その辺りの説明がなかったので、想像しかできない
少なくとも400年前のものには見えなかった観音像

井伊家の人々は、三成さんを嫌ってるわけではないことが見えたような気がして、ちょっと嬉しかった
ふと、疑問に思うことがあった
直政を良く知りたいのだけど、あまりサイトには引っ掛からないし、Wikiにも信憑性の薄いものしか書かれてなくて、知りたいことが何もわからない状態で、わたしが勝手に想像したこと
直政は、三成さんをちょっとだけ、好きになったんじゃないのかなぁ・・と言う、わたしの思い込み
直政は、元々は遠江(静岡県)の人
家康に取り立てられ、上野(群馬)の領主になったけど、関ヶ原で敗れた三成さんの佐和山を与えられた
Wikiには直政は三成さんを嫌っていて、佐和山をもらっても嬉しくなかったようなことが書かれていた
嬉しくないのなら、何故直政は佐和山で生涯を終えたのだろう
どうして上野に戻らなかったのだろう
佐和山は三成さんが基礎を作っていたし、直政も三成さんのやり方を変えようとはしなかった
なら、他の誰かに任せて、自分は上野に戻ればよかったのに
どうして家康から遠く離れたこの地に骨を埋めたのだろう
直政は、三成さんが作り上げた佐和山が好きになったんじゃないかなぁ・・・と、「だったら良いな」な気持ちが溢れて来た
観音像を超えると

ここにもちっさいおっさん
・・・もとい
三成さん像が
長浜にある三成さん像より一回り小さいサイズのものが鎮座しておりました
やっぱり、三成さんってゆうより、三成さんのお父さん(汗
長浜と違って見るものの少ない場所だからか、龍潭寺を出ると真っ直ぐイベント会場へ

この幟を見ただけで、胸が躍り出した
中に入ると、関ヶ原の西軍・東軍の主たる武将達の名前が、手書きで書かれた幟がずらりと並んでました

大谷だけ、名前の向きが裏表反対だったのよ・・・
かなり気になった
これが今回のイベントで有志が集まって作成された佐和山城(の、ようなもの)の復元パネル

小大名規模のお城じゃないなぁ〜と、改めて三成さんの力の大きさを知った
実際の佐和山城とは違うけれど、5階建ては当時でも相当なものだったんじゃないかと思う
信長の安土城、光秀の坂本城、そして、秀吉の大坂城を直に見ていた三成さん
三成さんが大大名だったら、もっと凄いものを建てたんじゃないかなと、思った
イベント前の会場内は、既に人がたくさん集まってました
夕方から甲冑劇があると教えてもらい、時間を潰すことに
会場では『ぼったくり屋台』や、無料のイベントコーナー(ぬりえコーナー)がありました
時間が近付いて来ると、来場客はこれの2倍くらいに

大谷(有志の方)発見

興奮度アップ
甲冑劇の始まり
出演者の人達が舞台前に勢ぞろい
大谷、三成さん以外、誰が誰やらさっぱりわからんかった

捕まった三成さん

わたしには三成さん役の人がどうしても、次長課長の背が低い方の人に見えて仕方なかった・・・
劇の内容は、大雑把に言えば佐和山城落城までを描いた、創作含むなものですが、笑い所ありで全体的には面白かったです
が、わたしのようなゲームから入ったマニアも大勢居て、ちょっと周囲の雰囲気が怖かったです
逢って間もない女と肉体関係を簡単に持ったこともそうだけど、書いた人間が古いからか、人間描写があまりにもなさ過ぎる
上巻の半分も読まない内に、嫌気が差した
これは官能小説か?
男が読めばなるほど、面白いだろう
男ではないわたしが読んだら、不愉快な部分がありすぎる
大枚はたいて買ったけど、読みたくないこの小説をどうしようか悩んでいる
わたしが司馬遼太郎の『関ヶ原』を嫌いな理由
この作者は、石田三成を一人の男として描きたかったのだろう
当たり前の、脂の乗った年齢の男として書きたかったのだろう
だけど、どうしても許せない部分があった
作中石田三成は、女を抱きながらこんな言葉を吐いた
「俺を好きで居てくれるのは左近とお前だけだ」
許せない。と、思った
史実の三成さんなら、こんなこと、絶対言わないと、自分勝手にだけどそう思った
左近ファンなら、嬉しい言葉だろう
だけどわたしは、大谷大好きだ
損得なしで三成さんと付き合っていた大谷が大好きだ
命運を共にした仲間、家臣達の存在を忘れたかのような、この暴言
関ヶ原で命を落とした大勢の人達に対し、こんな失礼な言葉はないと思った
好きじゃなかったら、大谷は不利とわかっていながら最前線に立っただろうか
六条河原で首を落とされた三成さんの、後を追った小姓を知っているだろうか
別れ際、涙を流した家臣達は
三成さんの盾になった人達は
みんな、三成さんが大好きだったんだよ・・・・・・・・・・
兼続を題材にした小説・天地人
書店に並んでいた
少しだけめくってみた
当たり前のように、ここでも清正・正則コンビが悪役として登場していた
正則は知らない
だけど、もうそろそろ、清正を悪役にするのはやめたらどうだろう
清正は三成さんに対して、刀を向けたわけじゃない
確かに九州で、三成さんに味方した立花宗茂と小西の城を落としたかも知れない
でも、三成さんに対して刃を向けたわけじゃない
三成さんを悪く言っていたのも、ただの通説じゃないのか?
それまでは悪者だった三成さんがクローズアップされ、それまでは英雄扱いされていた清正が、今度は悪者になってしまっている
嘗てのわたしもそうだった
清正が嫌いだった時期もあった
だけど、そう言うの、なんて言うか、不毛・・・って言うか
『善』があれば『悪』がある
鏡の前に物を置いたら同じものが写るように、『善』の向こうには『悪』がある
徳川政権時代は、三成さんが悪だった
明治が終わり、昭和に入る頃には三成さんは、一部の人間の間では『善』になった
そして、平成の世、三成さんと対立していた清正が『悪』になった
人間は同じことを繰り返す
同じことを繰り返しながら、何も学ばない
愚かで野蛮な生き物だと思う
三成さんも、そんな人間の一人なのだと思う
ただ、他の人間よりも少しだけ、生き方が綺麗なだけだったんだと思う
それでも三成さんファンはやめないけれど、少しだけ、三成さんと対立していた人間を好きにはなりたいと思ってる
直政が好きになった
本当はいいやつだったんじゃないかと、思えるようになった
清正が少しだけ気になるようになった
本当はそれほど三成さんと仲が悪くなかったんじゃないかと、思えるようになった
みんな歴史の人達だから
だから、自分勝手に想像してみる
みんなそれぞれ心の中に、自分なりの正義があったんだと
8月の終わりに出掛けた、三成さんの生家跡地
帰りに彦根に寄ってみた
到着した頃にはもう、6時を回っていた
空が暗かった

駅前にある直政の銅像も、まともには撮れなかった
どうしても、『いしだみつにゃん』の何かしらのグッズが欲しくて
土産物で売ってるだろうと高を括ったが、ひこにゃんしか手に入れることができなかった
駅前のロータリーにある直政像
その周りを囲むように、幟が犇いて立っていた

ここのところの三成さん人気の所為だろうか
三成さんの『佐和山城』が復元されるイベントのようで、9月に入ったら是非とも行ってみようと思っていた
9月某日
晴れ

何となく、駅前の直政に「ただいま」の一言
多分もう、来ることはないだろうが(汗
前回は時間が間に合わず店が閉まってしまい、買えなかったみつにゃんグッズを先に買おうと、駅前の観光案内所で詳しく聞いた店に直行
その店がある商店街で、こんな立て札を発見

三成さんのことを書いてるのに、立てた集まりが『彦根左近の会』て・・・
ここでは左近が主人公のようで、三成さんは呼び捨てで書かれてました
実際左近がやった仕事って?
三成さんの子守?
左近を未だよくわからないわたしには、なんで家臣が主君の上に来るんだ。と言う憤慨しか持てず(汗
短い間だったけど、この辺りのお殿様だったんだから、せめて『三成公』って書いたらどうなんだ
と、ちょっとだけ立腹
みつにゃんグッズを売っているお店で、意外なものを発見

兼続の、『愛』の前立て(紙製レプリカ)
それと、お店のご主人のご厚意で組み立ててもらった、実際の左近の鎧兜(紙製レプリカ)

手が震えて、何度やっても手ブレが・・・

こちらは商店街とは違う、キャッスルロードにある四番街スクエアのグッズショップの前に並んでいた『さこにゃん』と『みつにゃん』
殿と左近は二人で一つの存在のようで
わたしとしてはもうそろそろ、殿&大谷&小西の『義兄弟』(三国志みたいな?)トリプルが見たい・・
彦根城にあるキャッスルロードは、江戸時代の風景を再現した町並みにしているそうだ

つってもあたし、江戸時代を知らないからなんとも言えない・・・
上の写真は『両替商』=『銀行』

キャッスルロードの入り口付近はこんな感じ

にぎわっている店の前
やっぱり人工的な町だから、情緒って言うか、感動が薄い
無理矢理な感じがするし、それほど綺麗な町並みには感じない、なんとなく『当たり前』な風景に感じたのが残念
キャッスルロードから彦根駅前に戻り、佐和山一夜城のイベント地へ行くため、観光案内所の人が教えてくれたレトロバスの乗り場へ
ボランティアらしいおばさんが、短いながらもガイドをしながら走る町並みを紹介してくれた
浅井の家臣達が長政の父親を幽閉したと言う、竹生島も見えました
近江(滋賀)は良いなぁ
わたしが好きなものがたくさんある
お茶に、お米
三成さんに、長政に、直政
いつか住んでみたいなぁと言う気持ちが、どんどん積もる
やがてバスは佐和山に到着
井伊家の菩提寺は参拝できないので、他の神社に
直政の出身である井伊谷の龍潭寺にちなんだお寺で、こんなものを発見

なんで井伊の社寺で三成さんに関連するものが見られるのか、わからない
でもなんとなく、理解できるような気がした
これは、三成さんを初め関ヶ原で散った武将達、それから、家康が壊した石田家先祖代々の墓に眠っていた魂を祀るために建てられたのかな?
それとも、最近のものだろうか
その辺りの説明がなかったので、想像しかできない
少なくとも400年前のものには見えなかった観音像

井伊家の人々は、三成さんを嫌ってるわけではないことが見えたような気がして、ちょっと嬉しかった
ふと、疑問に思うことがあった
直政を良く知りたいのだけど、あまりサイトには引っ掛からないし、Wikiにも信憑性の薄いものしか書かれてなくて、知りたいことが何もわからない状態で、わたしが勝手に想像したこと
直政は、三成さんをちょっとだけ、好きになったんじゃないのかなぁ・・と言う、わたしの思い込み
直政は、元々は遠江(静岡県)の人
家康に取り立てられ、上野(群馬)の領主になったけど、関ヶ原で敗れた三成さんの佐和山を与えられた
Wikiには直政は三成さんを嫌っていて、佐和山をもらっても嬉しくなかったようなことが書かれていた
嬉しくないのなら、何故直政は佐和山で生涯を終えたのだろう
どうして上野に戻らなかったのだろう
佐和山は三成さんが基礎を作っていたし、直政も三成さんのやり方を変えようとはしなかった
なら、他の誰かに任せて、自分は上野に戻ればよかったのに
どうして家康から遠く離れたこの地に骨を埋めたのだろう
直政は、三成さんが作り上げた佐和山が好きになったんじゃないかなぁ・・・と、「だったら良いな」な気持ちが溢れて来た
観音像を超えると

ここにもちっさいおっさん
・・・もとい
三成さん像が
長浜にある三成さん像より一回り小さいサイズのものが鎮座しておりました
やっぱり、三成さんってゆうより、三成さんのお父さん(汗
長浜と違って見るものの少ない場所だからか、龍潭寺を出ると真っ直ぐイベント会場へ

この幟を見ただけで、胸が躍り出した
中に入ると、関ヶ原の西軍・東軍の主たる武将達の名前が、手書きで書かれた幟がずらりと並んでました

大谷だけ、名前の向きが裏表反対だったのよ・・・
かなり気になった
これが今回のイベントで有志が集まって作成された佐和山城(の、ようなもの)の復元パネル

小大名規模のお城じゃないなぁ〜と、改めて三成さんの力の大きさを知った
実際の佐和山城とは違うけれど、5階建ては当時でも相当なものだったんじゃないかと思う
信長の安土城、光秀の坂本城、そして、秀吉の大坂城を直に見ていた三成さん
三成さんが大大名だったら、もっと凄いものを建てたんじゃないかなと、思った
イベント前の会場内は、既に人がたくさん集まってました
夕方から甲冑劇があると教えてもらい、時間を潰すことに
会場では『ぼったくり屋台』や、無料のイベントコーナー(ぬりえコーナー)がありました
時間が近付いて来ると、来場客はこれの2倍くらいに

大谷(有志の方)発見

興奮度アップ
甲冑劇の始まり
出演者の人達が舞台前に勢ぞろい
大谷、三成さん以外、誰が誰やらさっぱりわからんかった

捕まった三成さん

わたしには三成さん役の人がどうしても、次長課長の背が低い方の人に見えて仕方なかった・・・
劇の内容は、大雑把に言えば佐和山城落城までを描いた、創作含むなものですが、笑い所ありで全体的には面白かったです
が、わたしのようなゲームから入ったマニアも大勢居て、ちょっと周囲の雰囲気が怖かったです
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